妻の入院中、夕飯はワタミの宅食でしのぐ
料理はできなくもない。でも、できればやりたくない。妻の入院中、父がワタミの宅食「まごころ手鞠」で平日の夕飯をしのいだ記録です。
更新日:2021年8月、妻が管理入院していたころの話

妻が入院することになりました。
妻の入院中、家に残った夫が最初に直面した問題。それは、夕飯です。
洗濯や掃除ももちろんあります。しかし、お腹は毎日、かなり正確な時刻に「そろそろ何か入れてください」と主張してきます。
そこで、まずは自分の弱点を確認しました。
料理ができない。
……正確に言うと、少し違います。
料理はできないのではなく、やりたくない
学生時代、私はファミリーレストランでクックを担当していました。
そのため、包丁を見ただけで逃げ出すほど料理ができないわけではありません。手順がわかれば、それなりに作れます。
では、なぜ普段から料理をしないのか。
理由は、あまり食に興味がなく、食材の管理も苦手だからです。
冷蔵庫に何が残っているのかを覚え、賞味期限を気にし、残った食材から次の献立を考える。料理は、火をつける前からすでに始まっています。
私にとっては、この「食材管理」という名の長期プロジェクトが難しい。
つまり、料理ができないのではありません。
できなくもないけれど、できればやりたくない。
言い直したところで、戦力が増えた感じはまったくしません。
ありがたいことに、それまで家の料理は妻に任せていました。しかし、その妻が入院します。
当然ながら、入院先から夕飯は飛んできません。
いよいよ、自分の食事は自分で用意しなければならなくなりました。
宅食という選択肢を調べる
困ったなと思っていたところ、宅食サービスが流行っていると耳にしました。
宅食なら、献立を考えなくていい。買い物へ行かなくていい。冷蔵庫の奥で、使われる日を待ち続ける野菜を生み出さなくていい。
これは、食材管理が苦手な人間にとって、かなり魅力的です。
さっそく、いくつかの宅食サービスと価格を調べました。
そのなかで選んだのが、ワタミの宅食の「まごころ手鞠」でした。
利用を始めた2021年8月は、平日に毎日届けてもらえて、1食あたり490円。
一人暮らしをしていたころは、コンビニ弁当などで済ませることも多かったため、それと比べれば大きく変わらないか、むしろ安いくらいに感じました。
「この金額で、献立を考える仕事まで引き受けてもらえるなら助かる」
そう考え、申し込みました。
価格や配送方法は2021年8月当時のものです。現在のサービス内容とは異なる場合があります。
午前中、玄関に夕飯がやってくる
申し込み後は、毎日午前中に配達担当の方が届けてくれました。
玄関にクーラーボックスを置き、その中へ冷やした状態のお弁当を入れてくれます。
私がすることは、クーラーボックスからお弁当を取り出し、冷蔵庫へ移すこと。
夕飯の時間になったら、冷蔵庫から出してレンジで温めます。
以上です。
献立会議、買い出し、下ごしらえ、調理、鍋との対話。そのあたりの工程が、まとめて消えました。
レンジの終了音が、そのまま「夕飯の準備ができました」の合図です。
ごはんと味噌汁を添えれば、十分お腹いっぱい
宅食のおかずに、ごはんと味噌汁を用意すれば、夕飯として十分お腹いっぱいになりました。
日によっては、そこへ納豆も追加します。
お弁当だけをテーブルに置くと少し寂しく見える日も、ごはん、味噌汁、納豆が並べば、急に「きちんと夕飯を用意しました」という顔になります。
実際にやったことの大半は温めることですが、食卓の見た目にはある程度の説得力が出ます。
宅食は毎回献立が違ったので、食べ続けても飽きることはありませんでした。
自分で献立を考えていたら、おそらく数日で同じものが再登場していたはずです。私の献立会議は、参加者が一人なのに早々に行き詰まります。
490円でも、毎日ならそれなりの金額
申し込んだときは「コンビニ弁当と同じくらい」と思っていました。
ただ、よく考えると、毎日続けば合計はそれなりの金額になります。
1食490円で単純に計算すると、平日5日で2,450円。平日20日なら9,800円です。さらに、ごはん、味噌汁、納豆などの分もかかります。
とはいえ、その金額には、おかずだけでなく「毎日の献立を考えなくてよい」「買い物と食材管理を減らせる」という助けも含まれていました。
妻が入院している間、夕飯について毎日悩まずに済んだことは、わが家にとって大きかったです。
安いか高いかだけではなく、忙しい時期に何を自分で抱え、何をサービスに任せるか。その選択だったのだと思います。
入院中の一日三食
ちなみに、妻が入院している間の一日の食事は、だいたい次のような内容です。
- 朝:パン
- 昼:カップラーメン
- 夜:宅食に、ごはんと味噌汁
- ときどき:納豆を追加
夜だけ急に品数が増えます。
朝と昼の簡潔さを、夕飯の宅食が一身に背負ってくれていました。
写真は、実際に届いた日の「まごころ手鞠」です。
妻の入院中、私は立派な料理人へ成長したわけではありません。
食材管理の達人にもなっていません。
ただ、宅食を使えば、料理をしたくない人間でも夕飯を用意できる。苦手なことを気合いだけで乗り切らず、使えるサービスに頼る方法がある。
それを覚えました。
三つ子を迎える準備の時点で、わが家は全部を自分たちだけでやろうとしない練習を始めているのかもしれません。